わが国の眼鏡レンズ発祥之地は、生野田島町であります。
安政四年始祖石田太治郎翁がレンズ研磨を
手工業として当地に伝え、
農家の副業とし、明治時代を経て来ました。
大正五年本格的生産に乗り出し
生産高五十萬ダースの規模となり、
昭和十年には、わが国眼鏡レンズの産地
を確立しました。貿易も始まり戦時重要統制産業組合を経て、
昭和二十六年大阪眼鏡レンズ製造工業協同組合を創立し、
医療用具レンズの生産地として各国に輸出し、
昭和五十年出荷額百七十二億円に達し隆昌を極めました。
ここに百三十五年の歴史と産業の礎を記念し
新たなる決意を後世に伝えます。
平成四年十一月吉日
大阪眼鏡レンズ製造工業協同組合
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